愛の巴投げ無節操で無責任な映画レビュー

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サマリア 21:59
評価:
Amazonおすすめ度:
幼さは美しく、そして時に罪
良かった
やり場の無い怒りが十分に表現された作品
2004年
監督:キム・キドク
脚本:キム・キドク
出演:クァク・チミン、ソ・ミンジョン、イ・オル

う〜ん、世評は高いようですがどうなんでしょう。前半30分くらいは少女二人の奇妙な関係が描かれいてそれなりに面白かったんですが、そこから急転直下の『積木くずし』みたいな父娘の話に移行して以後、モチーフや脱輪のエピソードなんかがあまりにも直球すぎて逆に冷めちゃいましたね。役者さんは好演していらっしゃったと思いますけど。特にすぐ死んじゃったソ・ミンジョンちゃんはご立派。

高尚なテーマを滲ませたい気持ちはよく理解できるんですが、それだったらもっと巧妙に隠してくれなきゃ乗れませんて。剥き出しのまま記号が記号として放り出されているものだから、なるほどその突き放した心理描写のわりに込められたメッセージは与し易い。でもそれじゃあまりに芸がない。言葉一つで伝わるような教訓を込める必要性もちょっと理解し難いですかね。

親父さんも他人を殴る前にまず娘をどつくべきでしょう。話はそこからだろう、と。このギドク監督もアレですね、ある程度の抑圧が必要なタイプのようです。まずタイトルを『女子高生 どきどきドライブ04』とかに改題し、プロデュースを朝倉大介氏に依頼するところから始めたらいかがでしょうか。今更、仙頭武則系はいかがなものかと。

どっかで同じような感想を抱いたなぁと記憶の糸を辿っていると、最近だと瀬々敬久
監督の『ユダ』なんかがそうでした。あちらも寓意性が露骨過ぎて鼻白んだ覚えがあります。教条的な姿勢がどうにも空回りした印象ですね。一つ一つの描写が悪くないだけに、惜しい作品となっています。ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞したそうですが、ホント好きですね、映画祭関係者ってこういう“深淵”な作品が。



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シャーリー・テンプル・ジャポン (パート1&パート2) 20:53
評価:
Amazonおすすめ度:
ウグイス嬢?
2005年
監督:冨永昌敬
脚本:冨永昌敬
出演:嘉悦基光、浅野麻衣子、木村文、尾本貴史、杉山彦々、福津屋兼蔵、小高和剛

挑発的な冒頭約3分間の静寂は「あれっ、故障か?」と勘違いさせる破壊力を有していることは確か。デ・パルマ的な掴みとしての長廻しかと思いきやそうではなく、また相米慎二ともアンゲロプスとも違う、言わば定点観測に近い手法。それもここしかない、と思われる場所に配置されたカメラが、左右に首を振って的確に見せるべきものを映していきます。音声は環境音と時折聞こえる村長候補・根本氏の奇天烈なマニュフェスト演説のみで、役者たちの台詞は全て字幕が代用されています。

確かにパート1のみでは弱かったかもしれません。そこで細部に違いはあれどほとんど同じ内容のパート2が再び繰り返されるわけですが、そこから俄然本作は輝きだします。結果論としてパート1の間延びした退屈さが確信犯であったかのように。まず、そのロケーションが素晴らしい。鬱蒼と生い茂る木々の中に、まるで隔離されたように佇む家。その木々の緑と赤い車のコントラスト。

相変わらず腹立たしくも憎めない彦々氏、そしてまさかあの“亀虫の妹”がこれほどまで色香を振り撒くとは……。どことなく松田美由紀に似ていなくもない。『亀虫』同様、あってないようなシナリオに、その場のノリと勢いで作られたとしか思えない本作は、映画が生まれる瞬間の悦びと遭遇しているかのような錯覚を与えてくれます。

独特の言語感覚も健在で、ユーモアのセンス、さらにはパラレルワールドのような連作の関係性という意味では森見登美彦氏の『四畳半神話大系』をどことなく彷彿させます。今後の活躍が最も楽しみな監督のお一人ですね。尚、実在する女優シャーリー・テンプルとは一切関係ありません。



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十九歳の地図 22:20
評価:
Amazonおすすめ度:
迫り来る狂気が・・・
1979年製作
監督/脚本・柳町光男
原作・中上健次
出演・本間優二、蟹江敬三、沖山秀子、原知佐子

偽善者!死ね!貧乏人!能無し!無教養!キ○ガイ!のしあがっちゃるけん!……。
このように、人は誰しも心に『十九歳の地図』を持っているものです(ねぇよ)。
それはともかく、頼りない記憶によれば、かつて柄谷行人氏は盟友・中上健次の死をもって近代文学は一つの終焉を迎えたのだという趣旨の発言をされていたと思います。

柳町光男×中上健次
この数奇な巡り合わせは劇映画デビューとなった柳町監督にとって、また我々にとっても最高に幸福なものとなりました。

まず原作のアイデアが圧倒的に面白い。一応説明しておきましょうか。
ストーリー
十九歳の吉岡まさるは、地方から上京してきてから新聞配達をしながら予備校に通っている。集金に行けば、どこの家からもうさん臭くみられ、嫌われ、その存在はほとんど無視されている。吉岡は密かに配達区域の地図をつくっている。Aの家は毎日犬が吠えてくる。×印ひとつ。Bの家は玄関先に生意気にも真っ赤な花が咲いた花鉢を置いてやがる。×印ふたつだ。それぞれの不満度を×印の数で表した後は、今度はそれぞれの家に片っ端からいやがらせのいたずら電話をかけていく。そして、彼の行動は次第にエスカレートしていき…。(amazon.co.jpより)

学生でもない、社会人でもない、いわゆるモラトリアムが生み出すルサンチマンの狂気が全てここに集約されていると言っても過言ではありません。いい歳こいておもいっきりシンパシーを感じてしまう自分は大丈夫なのでしょうか。きっと矢沢タオルが手元にあれば、天井に向かってぶん投げていたことでしょう。

人間、40年も50年も、いや、たかだか20年や30年でさえ、生きていれば後ろ暗いことの一つや二つは抱えるものでしょうし、誰もが人格者になれるわけではありません。この十九歳の青年とて理想と現実の自己矛盾、あるいは童貞というコンプレックスを抱えながらも歯を食いしばって生きている。しかしながら、潔癖であるが故にそれが許せない。やがてそのジレンマは他者への憎悪として噴出していくわけです。

今年三十路を迎える(本作でうだつのあがらない三十男を好演している蟹江敬三と重なる、またそのきちゃない枕が涙を誘う)おっさんは彼に教えてあげたい。
それでいいのだ、と。そんなものなんだ、と。
あるいは北方謙三先生ならきっとこうおっしゃられる筈です。
「馬鹿野郎!ごちゃごちゃ言ってねぇでソープへ行け!」と。
そしてそれはある意味非常に真理に近いのではないのか、とも思うわけです。

今度の参院選、劣勢を強いられるであろう与党には青少年犯罪の抑制効果を狙った「十九歳限定ソープ助成金制度」の導入を提案したいと思うのですが、いかがでしょうか。



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ザ・ロイヤル・テネンバウムズ 00:33
評価:
Amazonおすすめ度:
好きなはずなのに
推薦します
奇妙な天才一家!
2001年製作
監督・ウェス・アンダーソン
脚本・ウェス・アンダーソン、オーウェン・ウィルソン
出演・ジーン・ハックマン、アンジェリカ・ヒューストン、ベン・スティラー

『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』なる書物が図書館で貸し出されるファーストショットが示すように、「本作は虚構を“虚構”として描きますよ」と、製作者側と観客の間で暗黙的に交わされるコンセンサスが改めて強調されています。ですからこんなことをされれば当然のようにこちらも身構えますわね。

そうしてバカ丁寧な断りを入れた上で、プロローグからこれでもかとテンポ良くぶっ飛んだ大嘘が並び立てられていく。しかし始めに“お断り”をされているのでこちらも黙って付き合います。

そうこうするうち、30分後には芸達者な役者陣を含め、その隙の無い“虚構”っぷりに舌を巻いておりました。決して下品にならないユーモア感覚にも好感が持てます。シンメトリカルな構図やどこか舞台劇じみた良い意味での段取りくささは、初期のピーター・グリーナウェイを彷彿(かなり部分的ですが)させます。しかもそれがコメディタッチなので表現は柔らかく、グリーナウェイほど観る人を選ばない親切設計。

群像劇ながら個性的なキャラ分けもきちんとなされていますし、それをヴィジュアル面でも一目瞭然となるよう配慮されています。痒いところに隅々まで手が行き届いているんですね。それになんと言っても悪役商会のジーン・ハックマンが悲哀たっぷりでカワイイ。

ベン・スティラーと二人の子役がラストに着る黒いジャージというトボケっぷりもナイス。さらっと観れてしまうのに油断のならない作品です。



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清作の妻 00:31
評価:
Amazonおすすめ度:
泣いてしまう
パッション?
狂気か正気か
1965年製作
監督・増村保造
脚本・新藤兼人
出演・若尾文子、田村高廣

屈折した純愛暴走劇とでも言いましょうか、若尾文子さんが狂気にも似た女の情念を見事に体現しています。概ねどの増村作品でも魔性の女役ですから、この程度はお手の物なんでしょう。しかし貴重な女優さんですよね。芝居も出来て惜しみなく脱ぐ、しかも文句なしに美しい。

監督の演出にもやはり隙がありません。脚本はこちらも巨匠新藤兼人氏ですが、物語の根底に流れる増村監督のテーマはヨーロッパ的個人主義に貫かれています。留学したイタリアの地で相当感化されたのでしょう。本作などはまさにそれが顕著で、男女の立場が逆転した『ロミオとジュリエット』と言いますか、周囲の反対を押し切り、揶揄されながらも許されざる恋に突っ走るおカネ(若尾文子)と清作(田村高廣)の決断は、一昔前よりは薄れたとは言え、村社会に生きる日本人の観点からは少々理解し難いものがあります。

とは言え、あばずれだの尻軽だのと陰口を叩かれる村の嫌われ者、おカネも清作との事実婚で徐々に畑仕事を手伝ったり、義理の妹に着物を贈るなど、村へ溶け込もうとする努力を見せ始めます。しかし戦争(日露戦争)が二人を引き裂き、寒村に生きるラテン女、おカネのフラストレーションは一気に爆発し、常軌を逸した行動に……。このあたりの描写も非常にスマートです。

スモークによるフェード・イン、アウトなんて小洒落た演出も憎いですね。
冒頭5秒間ほどの3、4カットが黒沢清監督の『ドレミファ娘の血は騒ぐ』に酷似していたと思うのですが、気のせいでしょうか。と言うか正確には『ドレミファ娘ーー』の冒頭が『清作の妻』に似ていると言うべきかもしれませんが。どちらもエキセントリックな女性が主人公ですし、この二作品の関連性は研究の余地がありそうです。って、めんどくさいので私は御免ですが。



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サイドカーに犬 23:10
監督 根岸吉太郎
脚本 田中晶子、真辺克彦
出演 竹内結子、松本花奈、古田新太

さすがにベテランだけあって根岸監督、上手いですね。上手いというか、余計な小技を使わないところに好感が持てます。先日テレビで観た『明日の記憶』(堤幸彦監督)に辟易したのでよりそう思ったのかもしれませんが。アレンジを加えつつも原作が持つ繊細な雰囲気が映画にも滲んでいました。キャスティングも概ね成功しています。

が、先に残念なポイントを二点。
私がこの原作を気に入った理由は、主人公の物静かな少女が20年経ってもさほど成長していないからなんですね。父親の愛人と思しき素性の知れないカッコイイ女性と過ごしたひと夏なんて、いかにも成長物語の装置なのに、それを敢えて発動させない潔さが素晴らしかった。三つ子の魂じゃありませんが、そうそう人間変わりゃしねぇよ、みたいなもどかしいラストの余韻がなんとも心に染み入ったのです。

しかし映画だと20年後の薫(ミムラ)はほんの少しだけ成長しているようにも映る。それはヨーコさん(竹内結子)が乗り方を教えてくれた自転車に毎日乗っているんだと、強調されている部分がそうです。それから少女時代の薫(松本花奈)が父親(古田新太)に頭突きをかまし、「ワン」と吠えるのもなんだか気恥ずかしいシーンでした。

もう一点はゲップです。
なんでしょう、あの白々しいゲップは。もっと下品に、汚らしくなければゲップではありません。ヨーコさんのような美しい女性がコーラを飲んで「ウゲェ」とやるからワイルドな感じが引き立つわけで。竹内さんって『春の雪』でも濡れ場で脱がないという間違った女優魂を発揮していらっしゃいましたが、せっかく巡り会った良い役なんだから生娘じゃあるまいし、それぐらい頑張ってもらわなくっちゃ。

とは言え、どちらも致命的な欠点というわけでもありません。水に流せるレベルです。カバンにこっそりコーラと麦チョコを忍ばせて観にいきましょう。私もそうしましたから。
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青春の蹉跌 23:06
評価:
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神代辰巳最高傑作
エンヤートット
1974年製作
監督 神代辰巳
出演 萩原健一 桃井かおり

う〜ん……、言葉に詰まりますね。
神代映画として相対的に観ると特別傑出した作品でもないような。むろん本作単品としても同様に。ただ決して出来の悪い作品でもないから困っちゃうんですよね。
『ミスター・ミセス・ミス・ロンリー』(良くも悪くもATG丸出し)なんかもそうですけど。

クマさんの映画ってやはりぶっきらぼうな手持ちカメラが動き出す瞬間がゾクゾクします。これから何か始まるぞっていう期待感に満ち満ちている。けれど必ずしもその先に大きなエピソードが待ち構えているとも限らず、かと言ってそれに落胆させられることもない。そんな気持ちにさせられる監督さんってそうはいません。

社会的ステータス(令嬢との結婚、約束された出世コース)と抑え切れない欲望(桃井かおり)の狭間で懊悩する主人公の青年を演じたこの時期の萩原健一氏は、確かに飄々としつつも時折凶暴な顔を覗かせる稀有な俳優さんであったことがよく判ります。桃井さんもこの頃からずっとアンニュイですね。

ただ何度も言いますが神代映画としては可もなく不可もなく、ベストランキングするなら私は中位に位置付けたいですね。やはり神代×荒井が最高のバディでしょう。今から思うと、この二人が出会ったことは奇跡ですね。
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女囚さそり〜第41雑居房〜 22:57
断線中に観た映画の記憶を辿りながらレビューしていきたいと思います。
本作は“さそりシリーズ”の第2弾。監督は伊藤俊也さんが続投。
これは紛れもなく白石加代子さんの映画ですね。完全に主演の梶芽衣子さんを喰ってしまっている。怪演とはこのことでしょう。

そもそも梶さんには映画が始まってから70分間(本編が89分なのに!)セリフがありませんからね。勿論、その分だけ眼光の鋭さで雄弁に物語ってはいるのですが、ここまで喋らない主人公も珍しい。で、ようやく口を開いたと思ったら「あんた、アタシを売ったね」(だっけな?)みたいな声に出して読みたい恨み節。

そのことも含めて梶さんは“魔女”として描かれいるように見えますね。
断じて脱獄囚なんてちんけな人間ではないわけです。何故なら前作で既に松島ナミは“恨み”を晴らしているわけですから。渡辺さん演じる所長への報復などたかが知れている。ですから白石さんがいくらアマゾネス化したところで魔女にはかないっこない。森で老婆を看取った後の印象的なシーンがそれを見事に証明しています。

伊藤監督も前作で味を占めたのか、これでもかと怒涛のやりたい放題。
しかも憎たらしいほどに画がキマッている。小松方正さんの惨たらしい殺され方はもはやギャグですし、個人的に大島渚作品のイメージが強い渡辺文雄さんはどんな思いでこの役を演じられたのでしょうか。

どちらかと言うと前作よりも本作の方が好みですけど、でもでも、あまり大きな声で好きとか言いたくないタイプの作品であるのも否定し難く……。
いずれにしろ、この時期の梶さんは神がかり的に美しいですね。
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女囚701号 さそり 22:55
評価:
Amazonおすすめ度:
色褪せない 面白さ!
モーレツ
続編発売決定!
PC絶不調で昨日は更新できませんでした。
プラネックスの無線LANで接続しているんですが、立ち上がり時の断線が酷く、近頃は満足に通信されるまで小一時間格闘しております。原因は不明。今後が心配です。

さて、本作は1972年に製作された伊藤俊也監督のデビュー作。主演は言うまでもなく、クール・ビューティー梶芽衣子さん。本作や『修羅雪姫』をフューチャーしたタランティーノ監督の『キルビル』は記憶に新しいところ。

それにしても、こうしたB級テイストを有り難がる風潮はよく理解できるのですが、それを殊更大声で叫ぶのはまたちょっと違うんじゃないか、という気はしますね。野暮なのを承知で言いますが、誰がどう観たってくだらないわけで、最終的には付き合いきれるかどうかの問題に辿り着いてしまうわけです。

特にタランティーノ監督のような知名度の高い方がわざわざ本腰を入れて取り組むのはちょっと勘弁願いたい、と個人的には思いますね。敢えて“企画モノ”と言わせてもいらますが、『キルビル』のような企画モノは映画ファンの想像力に委ね、そこで留め置く程度で十分なのではないでしょうか。結果、出来上がったものは元ネタ以上になることなど、ほとんどないわけですし。才能のひけらかし、としか思えません。

「もしもジョン・カーペンターが『吸血鬼ゴケミドロ』を撮ったら……」
「もしもトビー・フーパーが『マタンゴ』を撮ったら……」
「もしもエメリッヒなんかじゃなく、スピルバーグが『ゴジラ』を撮っていたら……』
こうして想像するだけで十分幸せになれるではありませんか。

東映の70年代と言えばヤクザ映画全盛期ですが、公開当時、本作を劇場で観た方はどのような反応を示されたのでしょう。警察の密偵であることがバレ、暴行され、恋人にも裏切られたと気づく一連のくだりは、日活時代の鈴木清順監督(あるいはドリフの影響?)を思わせますし、同じ東映の鈴木則文監督のポルノ路線も踏襲しつつ、新人監督らしい肩に力の入りまくった味付けの濃い演出は胃もたれ必至。

この映画、とにかく何もかもが廻っています。簀巻きにされた梶芽衣子さん、懲罰の穴から囚人たちを見渡すカメラワーク、回転扉にパトライト。数え上げれば枚挙に暇がありませんが、それらが何を意味するのかはこの際どうでもよく、意図的であるのは間違いありません。色んな意味でめまいがします。

東映はこの劇画路線に気をよくして実写版『ゴルゴ13』を製作してしまったのでしょうか。だとしたら軽卒ですね。ネタ不足は今も昔も変わらないような気がしてきました。

それにしても、こうした作品を無条件にきゃっきゃっ言って喜びながら楽しめる歳ではなくなってしまったんだなぁ、と己の擦れた感受性に少し寂しさをおぼえたのでした。
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ゾディアック 22:53
自分の意志にも関わらず、「はあ、デヴィッド・フィンチャーかぁ」と溜め息まじりに劇場へ足を運んだのですが、なかなかどうして、これは結構いい拾い物をしたと満足することが出来ました。しかし157分というのは長過ぎですね。終盤20分は尿意との格闘で集中しきれませんでした。

1960年代後半、カリフォルニア州サンフランシスコで実際に起きた連続殺人事件を基に本作は描かれています。犯人は自ら“ゾディアック”と名乗り、新聞社や警察に暗号文や挑発的な手紙を送りつけ、あまつさえ電話による声のみとは言え、テレビ出演まで果たす。いわゆる劇場型犯罪のパイオニアですね。

本作では事件に翻弄された男たち、特に新聞社に勤務するイラストレーターであり原作本の著者でもあるロバート・グレイスミス(ジェイク・ギレンホール)とデイヴィッド・トスキ捜査官(マーク・ラファロ)に重点が置かれているのですが、フィンチャー監督は随分難しいことに挑戦しています。確かに長過ぎなんですが、それでもよくここまでまとめたものだと感心しますね。色気を出して時間軸をいじったりせず、時系列順にエピソードを配置していったのも好感が持てますし、事件を知らない人が観ても理解しやすい構造となっている。

一応、事実を過不足なく描くことに専念していると思われるのですが、下手をすればただの再現ビデオになりかねないにも関わらず、“映画”としてかなり良い線をいっていると感じます。犯行の瞬間もほとんど前半に集中しているのに、一定の緊張感が最後まで失われないのはお見事ですね。

個人的にはグレイスミスが映画館に勤務していた老人を訪ねるくだりが秀逸だと感じました。事実関係を知らないのでなんとも言えませんが、あの人物は結局なんだったのでしょうか?限りなく黒に近い灰色、あるいは共犯者ぐらいの怪しさだったのに結果的には放置ですからね。無理矢理サスペンスタッチに仕立て上げたのかもしれませんが、ゾクゾクする素晴らしいシーンです。

本作はデジタルカメラで撮影されたそうですが、何も知らずに観るとほとんどその事実に気づきません。黒沢清監督の『LOFT』もビデオ撮影だったそうで、プロレベルの技術革新は既に相当なレベルに達していますね。どれだけコストダウン出来るのかは知りませんが、これだけのクオリティーだとフィルムの存在意義が問われる日もそう遠くないのかも。

本編の中でドン・シーゲル監督の『ダーティー・ハリー』がちらりと登場するのですが、『ダーティー・ハリー』の殺人鬼“スコルピオ”のモデルが“ゾディアック”であることを考えると、本作とのねじれた関係性がまた興味深い。

フィンチャー監督はこれまでのような小手先の技巧に走らず、事実を丹念に、忠実に描くことに専念した結果が功を奏し、“映画”としか言いようのないものを作り上げることに今回は成功しているのでないでしょうか。

ちなみに、公式HPでは翻訳家であり映画評論家であり猟奇殺人事件研究家でもある柳下毅一郎さんがゾディアックについて解説しておられるので、興味のある方はこちらからどうぞ。

追記

そう言えば劇場の予告編で『西遊記』と『HERO』が流れていたんですが、ホントにテレビ局の傍若無人な振る舞いはいい加減にしてくれませんかねぇ。百歩譲って『西遊記』はテレビドラマのまるでコントのようなチープさ(20分くらいしか観た事ありませんけど)に辟易したので、バジェットを拡大する意義が少しはあるのかもしれませんが、『HERO』に至ってはテレビの2時間スペシャルとかで十分でしょうに。私が最近よく利用するシネコンは10スクリーンあるのですが、こんな作品や『ラストラブ』だとか『眉山』『俺死に』とかに占拠されて、さすがに『ふぞろいな秘密』(怖いもの見たさで興味津々ですけど)はやってませんが、本当に観たい、公開が待ち遠しい映画なんてひと月に一本あるかないかというのが現状なんです。あくまで私が利用するシネコン内の話ですよ。

そうすると愛知県在住の私の場合、わざわざ名古屋市内まで足を運ばなければなりませんから、往復の電車賃だけで約700円、さらに地下鉄の往復で約300円、映画代が1800円ですから、それだけで3000円近くの出費です。しかも映画の出来不出来なんて観終わってみなければ実際のところ判りませんから、まさしくギャンブルです。ハズレだったら目もあてられませんよ。3000円もあったら結構優雅なディナーが堪能できますものね。一昔前ならスーパービンゴでも打ったほうがましです。

なんの話か判らなくなってきましたが、邦画の好調と言ったって所詮はこの程度の質と言いますか、暗黒時代の体質はほとんど改善されていない事実に愕然としてしまい、それに拍車をかけているテレビ局のなりふり構わぬ商人ぶりを苦々しく思っているという愚痴でした。

しかしYoshi様原作の『ラストラブ』って一体どの層に向けて作られているんですかねぇ。CMが絶賛オンエア中ですが、港の倉庫でサックスを吹く田村正和さんという画の時代錯誤っぷりに感涙しました。秋元康さんあたりが絡んでいても不自然でない寒々しい雰囲気、悪くありません。こういった素晴らしい映画がもっともっと量産されれば、日本の常任理事国入りも間近でしょうね。
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