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評価:
Amazonおすすめ度:
迫り来る狂気が・・・
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1979年製作
監督/脚本・柳町光男
原作・中上健次
出演・本間優二、蟹江敬三、沖山秀子、原知佐子
偽善者!死ね!貧乏人!能無し!無教養!キ○ガイ!のしあがっちゃるけん!……。
このように、人は誰しも心に『十九歳の地図』を持っているものです(ねぇよ)。
それはともかく、頼りない記憶によれば、かつて柄谷行人氏は盟友・中上健次の死をもって近代文学は一つの終焉を迎えたのだという趣旨の発言をされていたと思います。
柳町光男×中上健次
この数奇な巡り合わせは劇映画デビューとなった柳町監督にとって、また我々にとっても最高に幸福なものとなりました。
まず原作のアイデアが圧倒的に面白い。一応説明しておきましょうか。
ストーリー
十九歳の吉岡まさるは、地方から上京してきてから新聞配達をしながら予備校に通っている。集金に行けば、どこの家からもうさん臭くみられ、嫌われ、その存在はほとんど無視されている。吉岡は密かに配達区域の地図をつくっている。Aの家は毎日犬が吠えてくる。×印ひとつ。Bの家は玄関先に生意気にも真っ赤な花が咲いた花鉢を置いてやがる。×印ふたつだ。それぞれの不満度を×印の数で表した後は、今度はそれぞれの家に片っ端からいやがらせのいたずら電話をかけていく。そして、彼の行動は次第にエスカレートしていき…。(amazon.co.jpより)
学生でもない、社会人でもない、いわゆるモラトリアムが生み出すルサンチマンの狂気が全てここに集約されていると言っても過言ではありません。いい歳こいておもいっきりシンパシーを感じてしまう自分は大丈夫なのでしょうか。きっと矢沢タオルが手元にあれば、天井に向かってぶん投げていたことでしょう。
人間、40年も50年も、いや、たかだか20年や30年でさえ、生きていれば後ろ暗いことの一つや二つは抱えるものでしょうし、誰もが人格者になれるわけではありません。この十九歳の青年とて理想と現実の自己矛盾、あるいは童貞というコンプレックスを抱えながらも歯を食いしばって生きている。しかしながら、潔癖であるが故にそれが許せない。やがてそのジレンマは他者への憎悪として噴出していくわけです。
今年三十路を迎える(本作でうだつのあがらない三十男を好演している蟹江敬三と重なる、またそのきちゃない枕が涙を誘う)おっさんは彼に教えてあげたい。
それでいいのだ、と。そんなものなんだ、と。
あるいは北方謙三先生ならきっとこうおっしゃられる筈です。
「馬鹿野郎!ごちゃごちゃ言ってねぇでソープへ行け!」と。
そしてそれはある意味非常に真理に近いのではないのか、とも思うわけです。
今度の参院選、劣勢を強いられるであろう与党には青少年犯罪の抑制効果を狙った「十九歳限定ソープ助成金制度」の導入を提案したいと思うのですが、いかがでしょうか。