愛の巴投げ無節操で無責任な映画レビュー

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アポカリプト 14:28
評価:
Amazonおすすめ度:
家族愛がテーマ?
元アクション俳優が撮った完璧なアクション映画
で、なにを描きたかった?
監督:メル・ギブソン
脚本:メル・ギブソン、ファルハド・サフィニア
出演:ルディ・ヤングブラッド、ダリア・エルナンデス、ジョナサン・ブリュワー、モリス・バードイエローヘッド、ラウル・トゥルヒロ、ジェラルド・タラセナ、ロドルフォ・パラシオス

もう『悪魔のいけにえ』くらいなら笑って見ていられるんですが、これは怖い。超怖い。人間の根源的な恐怖心(本作はそれを克服する物語でもあるのですが)に訴えかけてくると言いますか、人権のジの字もない社会の恐ろしさ、理屈の通用しない世界、そういったものが物語後半、怒涛のように押し寄せ、我々観客の精神を疲弊させます。

ところで、そんな物語の構造は至ってシンプル。しかしシンプルであるが故に、例えば父親を殺された本作の主人公ジャガー・パウと、彼に息子を殺された傭兵部隊のボスとの対決(またその決着のつけ方も伏線が活かされておりお見事)など、どこか物語は神話性、あるいは寓話性を帯びています。このことも含めてメル・ギブソン監督の前作がキリストの受難を描いた『パッション』であったことを鑑みれば納得というもの。

そうした物語の根底に流れる深刻なテーマがあるにはあるのですが、そんな事を忘れさせてしまうほど、緊張感に手に汗握るアクション映画としての出来が素晴らしい。こんなに主人公を応援したのはいつ以来でしょうか。また彼がいい男というか、いい顔するんですよね。的確な描写、且つ必要最小限の説明、とても第2作目とは思えない良い仕事をされています。メル・ギブソン監督の今後の活躍に期待大。
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インプリント~ぼっけえ、きょうてえ~ 19:48
評価:
Amazonおすすめ度:
精神的と生理的
恐るべし・・・・岩井志麻子
従来のホラーとは違う怖さ
2005年
監督:三池崇史
脚本:天願大介
出演:工藤夕貴、ビリー・ドラゴ、美知枝、根岸季衣、岩井志麻子

これをTV用に製作したという事実が一番恐ろしいわけですが、本作は三池的ホラー(とい言うか痛ギモ系)の一つの頂点と考えてよろしいかと。原作が問答無用の傑作であることは言うまでもありませんが、多少のアレンジが加えられつつも、ここまで映像向きの題材だとは思いもよりませんでした。原作ではネイティブな岡山弁が独特のおどろおどろしい雰囲気を醸し出していたわけですが、『スキヤキ・ウェスタン・ジャンゴ』同様、全編英語で貫かれた本作はそんな瑣末な問題をものともしない次元に突き抜けてしまっている。参りました。ああ、60分程度の尺でよかった。こんな世界観にこれ以上浸っていたらそれこそ地獄に落ちそうです。きょうてえ、きょうてえ。
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イカとクジラ 16:40
評価:
Amazonおすすめ度:
傷ついたカスガイ
苦笑ばかりさせられた
2005年
監督/脚本:ノア・ボームバック
出演:ジェフ・ダニエルズ、ローラ・リニー、ジェシー・アイゼンバーグ、オーウェン・クライン、ウィリアム・ボールドウィン、アンナ・パキン、ヘイリー・ファイファー

たった80分程度の尺で一家族(4人)それぞれの心理(それもかなりリアルな手触り)をこれほどまで手際よく描かれていることにまず驚嘆。崩壊していく家族に対する“救い”らしきものが最後まで提示されないにも関わらず、後味がそれほど悪くないことにもう降参。監督は『ライフ・アクアティック』の脚本を担当したノア・ボームバック、製作にはそれを監督したウェス・アンダーソンも参加しており、このホットラインは末恐ろしいものを感じさせます。

自伝的要素がある、との触れ込みですが、そのこと自体はあまり重要ではありません。むしろ客観視しながらこれほどまで自嘲的に、あるいは分析的に、かつ興味深いドラマとして成立させてしまう手腕にただただ脱帽。そしてシリアスでありながら決してユーモアを忘れないその姿勢も素晴らしい。例えば長男が父親に彼女の容姿をどう思うか訊ねると、父親は「カワイイと思うよ。俺の好みじゃないけどね」などと言ったりするような。

離婚はともかく、たしかに本作の親子関係そのものはちょっと物珍しいかもしれない。子供に付き合っている男の話をしたりする母親や、息子に「若いうちは(女の子と)手広く遊べ」などと焚き付ける父親は少ないでしょう。けれどもここで描かれる登場人物に既視感を抱き、時に嫌悪し、そして愛しく感じない人も少ないのではないだろうか。それほどまでにこの家族の人物像は幅広く、しかし鋭く心に突き刺さる。

ディケンズやカフカについての評価、解釈や、息子の部屋にジャン・ユスターシュの『ママと娼婦』のポスターを貼ったり、あるいは息子とその彼女と『ブルー・ベルベット』を観に行ったりするなど、あきらかな趣味の偏りを感じさせる父親だが、その芸術一般への理解はそれほど間違っていないにも関わらず信奉者が息子一人だけというのがまた泣かせるし、「まあ、実際ウザイよな」と納得してしまう。

撮影スタイルはほぼ手持ちカメラというラフなものでありながら、例えばダルデンヌ兄弟が撮る精進料理のような質素感がないのは、やはり徹底した演出の介在を悟らせてくれるからであり、これこそが低予算映画の志向すべき正しい道だと信じたい。ただ、象徴的ではあるんだけど、『イカとクジラ』っていうタイトルはどうかと思いますね。商品として。
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悪魔の沼 23:33
評価:
Amazonおすすめ度:
佳作
"Heatless"、"Hopeless" and "Helpless"
悪魔のいけにえと比べてはいけない。
1977年
監督:トビー・フーパー
脚本:アルビン・L・ファスト、マルディ・ラスタム、キム・ヘンケル
出演:ネヴィル・ブランド、メル・フェラー、スチュアート・ホイットマン、マリリン・バーンズ、クリスティン・シンクレア、ウィリアム・フィンリー、カイル・リチャーズ、キャロリン・ジョーンズ、ロバート・イングランド

う〜ん……、残念ながらあんまり楽しめなかったですねぇ。
これを評価している方ってのはおそらくトビー・フーパーというネームバリューに対する敬意なんじゃないでしょうか。ただ、DVDの特典映像として収録されているテレビ放映時そのままの吹替え版を観ると俄然輝きを増すのは何故なんでしょう。B級ホラーと吹替えっていうのは物凄く相性が良いということを再確認出来ました。昼下がりの土曜日、無駄な悲鳴と無駄なオッパイを肴にひっくり返ってビールをあおりながら鑑賞するにはほどよい馬鹿馬鹿しさと後味ゼロの虚無感。『ミリオン・ダラー・ベイビー』なんて観たら塞ぎ込んじゃいますものね。

ちなみにお気に入りのシーンはこれ。
ネヴィル・ブランドが泣き叫ぶ少女をモーテルの床下に追い詰め、いよいよ死神のような鎌を振り下ろした際、なんと鎌が柵に当たってみすみす少女を取り逃がしてしまうというなんとも古典的なドジっ子ぶりが超キュート。
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FM89.3MHz 23:25
2007年
監督:仰木豊
脚本:イケタニマサオ
出演:小沢仁志、松浦祐也、浅川稚広、あじゃ、渋川清彦

ヤクザタクシー』(監督:黒沢清)なんてのもありましたが、異化効果を狙った任侠モノですね。一応、渋谷の劇場で2週間だけ公開されたようですが、いわゆるVシネです。

15年の刑期を終えた浦島太郎状態(ってそんなことあり得ないと思うのですが)のヤクザ準次(小沢仁志)は、借金のカタに押さえられた雑居ビルのミニFM局“FM89.3MHz”でシノギを命じられる。それも実家が電気屋だからという理由で。(しかもこの設定が生かされることは一度もない)有無を言わさぬ親分の命に従い、渋々歌舞伎町に足を運ぶ準次だったが、そこには萌え系インディーズアイドルゆかタン(浅川稚広)が孤軍奮闘していた。ゆかタンによれば、そのミニFM局は既に存亡の危機に瀕していると言う。気乗りのしない準次だったがある時、成り行き上DJを任される羽目に陥り……。

って感じの導入部なんですが、構造そのものは『ヤクザタクシー』なんかと同じですね。但しここに歌舞伎町と秋葉原という、同じ東京でありながら互いにベクトルの違うディープな文化摩擦が予測され、期待感は否応にも高まります。しかしこれが残念ながら拍子抜け。というのも、DJゆかタンは確かに萌え系の片鱗を覗かせるものの、オフのゆかタンは至って普通の女性なんです。ですから仁義を重んじるヤクザの化石、準次とも比較的まともなコミュニケーションが成立してしまっている。昼間はOL相手に700円の弁当とか売ってますし。せっかくオリジナルソングまで用意しているわけですから、やはりここは路上ライブとかでオタク相手にCD売りつけ、日銭を稼ぐ涙ぐましいインディーズアイドルとしてのあるべき姿が見たかった。

メイド喫茶で献身的に働くあの娘が実はネカフェ難民だった、みたいな余計なリアリティーが本作の持ち味であるコメディーとしての“軽さ”を霧散させているんですね。但し、そのリアル志向がいい結果を生んだ好例として、番組のスポンサーにファッションヘルスやカジノ、ポルノDVD店だのといったいかにも歌舞伎町の記号を持ち込んだのは評価すべきでしょう。

それにしても、ゆかタンの目的がよく判らないんですよね。本格的にアイドルとしてメジャーデビューしたいのか、あるいはミニFMという愛着ある場所を守っていくだけで満足なのか。まあ、おそらく後者なんでしょうが、だから余計にその“萌え”があくまでパフォーマンス、すなわちビジネスライクにしか映らず、中盤以降ではほとんど蔑ろにされる始末。きっと製作者陣営もホントは誰も興味がないし、特別なリサーチもされていなかったのでしょう。故に記号どまりの“萌え”に過ぎず、その必要性すら感じられないままの放置状態。

その代わりと言ってはなんですが、準次の娘(あじゃ←すごいお顔ですね、この方)の彼氏ナルシー(渋川清彦)が見事その期待に応えてくれました。ナルシーはいわゆるクラブDJなわけですが、フランクな口調(って言うかホリが真似するキムタク+ルー大柴風)や不遜な態度がいかにも軽薄ながら決して悪いヤツには映らない、そんな難しい役どころを渋川さんは好演していらしたと思います。全く違う価値観と文化を持つナルシーと準次の掛け合いがなかなか面白いんですよね。まるで『ウルルン滞在記』でも見ているような気分にさせられます。こうした化学反応がゆかタンとの間に起こらなかったのは非常に残念でなりません。

終盤のてんやわんやはお約束として、拳銃が一発しか発射されないヤクザ映画っていうのも珍しいですね。技術的なことで言えば、やたらとブラックアウトが多用されていて、物語のテンポを著しく乱していたのが気になりました。それからチョイ役で山本浩司さんが顔を覗かせているのもなかなか興味深い。なにより小沢仁志さんが唄う「新宿夢鴉」は一聴の価値アリ。完コピしてスナックで披露すれば絶対モテます。
絶対モテます。



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おじさん天国 16:30
2006年
監督:いまおかしんじ
脚本:守屋文雄
出演:下元史朗、藍山みなみ、吉岡睦雄、松原正隆、平沢里菜子、佐々木ユメカ、伊藤 猛

脚本は『卑猥』の守屋文雄氏、本作が2作目となります。
今現在の邦画界において、脱力系の作品を撮らせたらいまおか監督の右に出る者はいないんじゃないでしょうか。近頃ご活躍の三木聡監督なんて足元にも及びませんから。テレ朝も『スシ王子!』なんてやってる場合じゃないですよ。直ちに『特命係長・只野仁』のお色気路線を踏襲しつつ発展させたセクシードラマを企画し、脂の乗りきったいまおか監督を起用すべきです。

大仰に言えば人間賛歌、噛み砕いて言うと駄目中年を肯定する、応援するお話です。ピンク映画なのに最終的には男同士の絆を深めるというのも大胆ですね。男同士と言ったって叔父と甥っ子という近過ぎず、遠すぎないこれまた微妙な距離感。で、その肝心な物語はと言うと、イカをキーワードとした破綻覚悟の荒唐無稽なファンタジーであり、このあたりの運びはさすがに『卑猥』の暴走具合と似ていますが、どうやら守屋氏の脚本は田尻監督よりもいまおか監督との相性がいいようです。しかしまあ、いまおか監督のフィルモグラフィーを鑑みれば、それは自明の理というものでしょう。カエルの次はイカです。

正直、出演者も、ひゅっとしたら監督自身すらどんな話(話の筋云々という意味ではなく)なのか理解していないのかもしれません。無論、観客である我々には尚のこと。例えば先日鑑賞した『キサラギ』が左脳中心に作り上げた話なら、本作は右脳だけで作ってしまった感は否めない。けれども個人的に映画に求める感覚というのは、この媒体にしか追求し得ない表現なわけで。無論、意味不明であればそれでいいというわけではないので誤解なきよう。これはもう実際に観ていただく以外に仕方がない。本作のような作品を前に、言葉は無力化されてしまいます。

吉岡睦雄が顔をくしゃくしゃにして下元史朗を抱きしめる原っぱでのラストシーン、男がおじさんを抱きしめているだけなのに、まして台詞を伴わず何故あんなにも涙腺を刺激されるのでしょうか。馬鹿らしさが蓄積され、それを見事にオセロゲームみたく感動へとひっくり返される快感。それもたった60分のピンク映画のくせに。非常にけしからんことです。



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オープン・ウォーター 01:08
評価:
Amazonおすすめ度:
ネタバレ有り
素人ビデオのような撮影と音声が臨場感を高めるのに成功。単純なストーリーだがじっくりと見入ってしまう恐怖。
絶望的
2003年
監督:クリス・ケンティス
脚本:クリス・ケンティス
出演:ブランチャード・ライアン、ダニエル・トラヴィス

ふ〜ん……。
一発ネタみたいなもんでしょうね。
これ、おそらく『世界まる見え!テレビ特捜部』のスタッフに再編集してもらったら20分ぐらいの尺で的確なナレーションも追加して、10倍はましになる(面白くはならない)と思いますよ。そのぐらい薄い。あっ、でもバッド・エンディングだから扱ってくれないかも。ともかく、海での描写は限界があるにせよ、それ以外の見せ方が驚くほど下手くそなんです。例えばボートに取り残された荷物一つとっても、何故、寄った画の1カットのみなのかが理解できない。普通、そこからズームバックして閑散としたボートを引きの画で映し、状況を強調したりするもんじゃないでしょうか。スキューバのスタッフがゲストを数え間違えるくだりも然り。

ワン・アイデアを売りにしているとは言え、喜び勇んで飛びつくようなネタでもないし、同じバッド・エンディングにしても『SAW』(こちらもあまり感心はしませんが)あたりの方が観客を意識している分、可愛げがあるというものです。むしろ危機的状況下からの脱出アイデアを放棄しているようにしか思えない。(実話を基にしているということはこの際、言い訳にならない)リアルな質感で描きたいという意気込みは十分理解できるのですが、やはり再現VTRの域を出ていないと言いますか、核心部分のアイデア一つだけで映画は成立しないという悪いお手本ですね。

海に入る前、無意味にオッパイを登場させた時点で「あれっ、ひょっとしてコイツ分かってるのかも」と期待したのですが、大きな勘違いでした。おそらく撮影現場でちょっと見たかっただけです、絶対。



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ある子供 22:50
評価:
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僕にとっては・・(感想)
痛みを知ること、やさしくなること。
成長を感じさせる結末
カンヌ映画祭でパルムドールを受賞し、2005年に公開された本作。
監督はジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟。
『ロゼッタ』にも『息子のまなざし』にも乗れなかった私ですが、本作でよくやく“部分的に良い”と感じることが出来ました。

がしかし、やっぱりあの撮影技法、演出手法には釈然としないものがありますねぇ。例えば小部屋に置いた子供がしばらくすると現金に変わっているという場面には背筋の寒くなるような効果が宿ってはいるのですが、そうであるからこそ要所要所に限定すべきではないのでしょうか。

このラフなカメラワークというのはクリストファー・ドイルなんかとは全く意味合いの違うものですからね。おそらく人間の深部を炙り出すことを希求した結果、辿り着いた技法なんでしょうけれど、だったら初めからそこいらのろくでなしを見つけてきてドキュメンタリーを作ればいいじゃないかとも思うわけです。何故わざわざフィクションにこだわるのかと。

半径20メートルの日常を描くにしろ、宇宙人の来襲を描くにしろ、重要なのはリアリズムを形成するためのフィクションではなく、フィクションを形成するためのリアリズムなのですから、ダルデンヌ兄弟の方向性は本末転倒も甚だしいとさえ感じるのです。

ラース・フォン・トリアー監督らが主導するデンマーク発祥の“ドグマ95”という劇的な映画技法を放棄する運動があります。それはスタジオ撮影を禁じていたり、効果音やBGMを禁じていたり、カメラは手持ちに限定されていたり、等々。

ダルデンヌ兄弟がこのドグマ95を意識しているのかは知りませんが、この禁欲さは個人的には不毛な行為だと思いますね。それよりも彼らがドキュンメタリー出身であるという経歴に大きな要因があるのかもしれません。そうなると当ブログでたびたび指摘している是枝裕和監督や河瀬直美監督への疑問が再び頭をもたげるのですが、彼らが何故フィクションに執着するのか、どうにも合点がいかないのは私だけでしょうか?
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愛妻日記 22:26
評価:
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僕にもあったこんな思い、永井正子さんは自然な存在感
監督を務めるのはピンク四天王(ってまだ言うんですか?)の一人、サトウトシキさん。主演は永井正子さんと戸田昌宏さんのお二人です。勿論、本作も夫婦愛がテーマとなっています。子宝に恵まれない一組の夫婦が何故かアブノーマルな性行為に傾倒していくという、なんとも不可解なお話。一応、脚本監修として荒井晴彦さんのお名前がクレジットされているのですが、ホントに監修したんですかねぇ?ただの名義貸しではないのかと、早くも二本目にして疑わしく思えてきました。

フィルムではなくビデオで撮影されているものだから、映像に陰影がなくのっぺりとしていて、まるで学生映画でも観ているようなチープさでした。それもPFFあたりに応募したら即刻切り捨てられるレベルですよ、これは。『煙が目にしみる』のエフェクト具合は少々やり過ぎかな、とも感じたのですが、ビデオ作品はあのぐらいで丁度いいのかもしれません。そう言えば、テレ朝の松本清張シリーズでも同じような印象を抱きましたね。あれもこってりと映像が加工されていました。

映像はともかく、物語の内容もいまひとつパッとしません。シリアスを気取ってはいるのですが、それがハマっていないものだからどうしても滑稽にしか映らないんですね。その要因として筆頭に挙げたいのが、夫が妻を陵辱する行為に目覚めるに至る動機の不十分さ、あるいはその見せ方に問題があるのだと思われます。

ここから物語の核心に触れていくので、未見の方はご注意ください。
ちなみに、原作は未読なのであくまでも映画『愛妻日記』で感じた問題点であることを強調しておきます。本作のキーポイントは夫が自発的に妻を陵辱し始めたつもりであったが、実は全て妻の間接的な誘導であった、というある種のトリックだと感じました。しかしそれがあまりにも露骨過ぎて興醒めする一方なんですね。

そこに重点を置いていないと言うのであれば、例えば押し入れの奥から手錠だのなんだのといったアイテムを偶然発見してしまった夫が妻を問いつめる、そこで妻が過去の経緯を告白する、その程度で十分だったのではないでしょうか。本作のテーマは夫婦の倒錯した性愛なわけですから、そこへ気を利かせたつもりの稚拙な小細工は鼻白むだけでしかありません。

この段階で躓いてしまうと、シリアスであればあるほど空転していき、不本意な滑稽さを孕んでいってしまう。しかしながらこれは本作に限った問題ではなく、ピンク映画の普遍的な課題と言えるのかもしれません。

昨日の記事、『リトル・ランナー』の主人公は14歳ですから、彼が性衝動に突き動かされて馬鹿げた行動に走るのはまだ微笑ましくもあるのですが、いい大人、それも平凡で面白みのない男であると繰り返し本人が述べる人物設定では首をひねる他ない。

『煙が目にしみる』が成功していたとすれば、妻の性格が幾分エキセントリックに設定されていたことにあるでしょう。それに引きずられるカタチで夫もアブノーマルな性に目覚めていったわけですから。しかしそれも多用すれば芸がない。

主演のお二人がそれこそ体を張って熱演していただけに残念に思いました。
とは言え、公園でのラストシーンは哀しくも前向きな夫婦の愛にぐっときます。
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